実際に民事信託を利用したいと考えた場合に、どのような手続きが必要かについて理解しておきましょう。

1.信託契約(委託者と受託者の契約)

委託者となる人と受託者となる人が契約書を交わして民事信託について取り決める方法です。
信託の対象とする財産の範囲や財産管理の方法、受益者を誰にするかといった内容は契約で個別に定めることになります。

任意後見契約などとは違って公的機関の証明を受ける必要はないため手続きは簡単ですが、その分将来的にトラブルが発生しないようにするため、専門家のアドバイスを受ける必要性が高いといえます。

(1)信託契約の内容に含めるべきこと

信託契約では以下のような内容を契約書に書き込む必要があります。
契約書がなくても契約は口頭で成立しますが、後日の証拠とするために契約書を残します。

①信託の対象となる財産

民事信託は財産を委託者から受託者に預け、そこから発生する収益は受益者に対して分配する仕組みです。

そのため、どのような財産を信託契約の対象とするのかをまず確定する必要があります。
土地や建物などの不動産、現金・預金、株式などの有価証券が信託契約の対象となります。

②信託の当事者には誰がなるのか

民事信託では委託者、受託者、受益者の3当事者が必要ですが、実際には委託者自身が受益者となるケースが少なくありません。

大切な財産を預けることになる受託者を誰にするかは、非常に重要な問題ですから、受託者となってもらう予定の人の適性や、やる気はしっかりと見極めなくてはなりません(事業承継のために民事信託を活用する場合など) 。

多くの民事信託では委託者が亡くなった後にも継続されることが前提となりますから、受託者と受益者の関係が円満に行くように配慮しておくことも大切です。

③信託の目的

老後の家族の問題に備える方法は民事信託だけではなく、成年後見制度や遺言といった方法もあります。

そのため、あえて民事信託を選択することの意義とメリットについてを関係当事者に理解してもらう必要があります。

民事信託では委託者の判断能力がはっきりしているうちに、実際の運用の効果を確かめることができるという大きなメリットがあります。

実際に運用をスタートしてみてどのような問題が生じるかを見極めつつ、随時信託契約の内容をアップデートしていくことも検討しましょう。

(2)信託契約書の不正を疑われないために

民事信託は家族の一部を受託者、受益者として設定して委託者の財産を運用していくことになります。

そのため、民事信託を設定する時点で関係当事者が信託契約の内容をよく理解し、できれば契約内容を検討している段階で参加してもらうのが望ましいといえます。

例えば、複数の家族の中から、次男が受託者として親の財産を管理し、受益権を親から次男だけにわたるように設定する民事信託契約を結んだとしましょう。

契約書の作成を次男と親だけで進めてしまったりすると、別の家族から「次男が勝手に自分の都合の良いように作ったのでは」といったような不満が生じる可能性があります。

契約書が残っていたとしても、その契約書そのものが破棄されてしまったり、日付の書き換えや「契約時点では親の認知症がすでに進行していたから信託契約は無効」といったような主張をされてしまう可能性があります。

こういった事態を避けるためには、信託契約作成の時点で専門家に間に入ってもらい、作成した信託契約は公正証書の形で公的機関に証明してもらうのが安全です。

公正証書の形で信託契約を残しておけば、当事者の誰かが手元の信託契約書を破棄してしまったとしても再発行をしてもらうことができますし、日付や内容についても委託者本人の意思に基づくものであることを証明してもらうことができます。

なお、公正証書までは取得しなくても、確定日付の取得や私文書認証といった方法でも信託契約の日付や書類に不備がないことを公的に証明してもらうことが可能です。
ただし、契約の内容まで証明してもらうためには公正証書が適切です。

(3)信託登記

信託契約の対象となる財産に土地や建物などの不動産が含まれている場合、その名義人を委託者から受託者に移す必要があります。

不動産の名義を変更する際には法務局に出向いて登記を行います。

通常の売買契約なら所有権移転の登記だけで問題ありませんが、信託の場合には、「信託目録」という信託財産の一覧表を作成して登記しておく必要があります。

法律事務の経験がない個人がこの信託目録を作成するはあまり現実的ではないので、登記に関する専門家である司法書士に依頼するのが一般的です。

(4)銀行口座の管理

信託財産に銀行預金がある場合や、賃貸アパートなどを信託財産として受益者に収益を分配するような場合には、信託契約に関するお金をプールしておく銀行口座が必要になります。

信託契約に関するサービスを積極的に行っている金融機関(信託銀行など)で相談すると、民事信託口座という銀行預金口座を開くことができます。

民事信託口座とはごく簡単にいうと委託者と受託者が共有のような形で管理できる銀行口座で、委託者が認知症になってしまったり、万が一があったりしたときにも口座を凍結されてしまうような事態を避けることができます。
なお、信託口座以外では、口座を所有している人が死亡したり、成年後見の審判を受けたりした場合には、本人の口座は限られた人しか動かすことができなくなります。

ただし、民事信託の制度はまだスタートしてから日が浅く、民事信託口座についても金融機関側でそれほど普及しているわけではありません。

口座開設時には、金融機関窓口で民事信託の目的や関係する当事者についてよく説明したうえで、適切な形で口座を管理できる体制を作っておくことが大切になります。

民事信託口座の開設こちら

2.遺言による信託

民事信託は遺言によって行うことも可能です。
この場合、民事信託の法律効果は委託者がなくなった後に生じることになります。

遺言によって民事信託を行う場合の手続きついては通常の遺言と同様です。

自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3つのうちいずれかの方法によって行うことになりますが、より確実に手続きを行うためには公正証書遺言の形で遺言を残しておくのが良いでしょう。

自筆証書遺言では遺言の内容を変更したいと思ったときにすぐ変更できるというメリットがありますが、遺言作成については様式がかなり厳格に定められていますから、様式を欠いてしまうと遺言そのものが無効となってしまうリスクがあります。

3.信託宣言(委託者=受託者で手続きを行う方法)

民事信託では、通常は「委託者・受託者・受益者」の3者が当事者となりますが、「委託者=受託者」という形で信託の効果を発生させることもできます。

このような方法を信託宣言(自己信託)ともいいますが、信託財産を委託者自身の財産と分離しておくことができるというメリットがあります。

なお、信託宣言(自己信託)については法律上の制限が多いことには注意しておかなくてはなりません。

信託宣言(自己信託)では委託者固有の財産と信託財産が分離され、委託者の債権者は信託財産に対しては強制執行がかけられなくなるためです。
いわゆる計画倒産の手段として使われることを避けるために様々な規制があります。

例えば、信託宣言の対象とする財産については登記や登録が必要になりますし、公正証書によって意思表示をしないと無効となってしまいます。

また、受託者が受益権の全部を固有の資産として保有している状態が1年間続いた場合には、信託宣言は終了してしまいます(信託法第163条第2号)。

債権者からの強制執行を避ける方法として活用されないようにするための規制としては、さらに自己信託のときから2年間は債権者からの請求者によって自己信託を詐害信託として取り消されてしまう可能性もあります。

4.相談できる専門家は?

民事信託の手続きは当事者となる家族が自力で行うことも決して不可能ではありませんが、法律的な知識が不十分な人が手続きを行うとすると不備が発生してしまうリスクが生じます。

せっかく自分に万が一のことがあった時に家族がきちんと生活していけるための備えとして民事信託という方法を選択したのに、肝心なときに手続きの不備があったために対応できないという状況になってしまったのでは意味がありません。

そのため、民事信託をより安全に利用するためには法律に関する専門家に相談しながら手続きを進めていくのが適切といえます。

公正証書で信託契約書を作成する場合には公証人に口頭で相談しながら契約内容を記述してもらうことができます。

民事信託は、まだあまり普及していない方法です。

民事信託に詳しい専門家も少ないという現状があります。

これから増えて行くと思われますが、今後の動向に注意を払う必要があります。

民事信託の契約は、法律にあまり詳しくない人にとっては少々わかりにくい面がありますし、何十年も信託契約が続くこともあるのですから、数十年先まで見通す必要があります。

自分たちだけで民事信託契約の中身を考えるよりも、専門家の力を借りたほうが、後々安心です。

民事信託について相談する際、民事信託契約の書類の作成などの相談は行政書士、土地や建物、会社などの登記についても相談したいときは司法書士、様々な争いも視野に入れておきたいときは弁護士に相談するといいでしょう。