認知症になった場合に備えたり、財産の残し方に柔軟に対応できたりという理由から、近年民事信託が注目されています。
民事信託のどのようなケースで税金がかかるのか、節税効果はあるのかについて概要を説明します。

民事信託でかかる税金は複数ある

民事信託の登場人物は、持っている財産の管理を家族に託す「委託者」、財産の管理を託された「受託者」、その財産から生み出された利益を受ける「受益者」の3者です。民事信託を設定するにはいくつかの方法がありますが、一般的には委託者と受託者が契約を結んで信託を設定します。

信託を設定すると、財産は委託者から受託者へ移転します。受託者に移転した財産を「信託財産」といいます。受託者は信託財産を好き勝手にすることはできず、信託契約に従って信託財産を管理し、信託財産から生み出された利益を受益者に渡します。

では、民事信託では「誰に」「どのような場合に」税金がかかるのでしょうか?

まず「誰に」税金がかかるかについては、税制では、財産から生み出された利益を実質的に受けた人に課税する「実質所得者課税の原則」という考え方があります。

民事信託においては、財産の所有権は形式的には受託者に移りますが、信託財産から生み出された利益を受けるのは受益者です。したがって基本的に受益者に税金がかかります。

次に「どのような場合に」税金がかかるかは、信託の効力が生じた時の前と後で信託財産から生じる利益を受ける人が変わる場合です。

どの税金がかかるかは、利益を受ける人が変わった原因により異なります。受益者の死亡が原因の場合には相続税、受益権を売却した場合には所得税と住民税、贈与した場合は贈与税がかかります。

ただし、不動産を信託財産とする場合においては、信託を原因とする所有権移転登記が行われます。所有権移転に伴う登録免許税、固定資産税は受託者の負担になります。

1.受益者が対象の税金

委託者・受託者・受益者がすべて個人であるものとします。

(1)贈与税

民事信託では、形式上財産が委託者から受託者へ移りますが、信託財産から利益を得るのは受益者であるため、委託者から受益者に対して財産が移ったとみなされます。

受益者に贈与税がかかるかどうかは、信託設定時において、委託者と受益者がどのような関係になっているかで判断します。

委託者と受益者が同じ人の信託を「自益信託」といいます。自益信託の場合、信託の効力が生じた時の前と後で信託財産から利益を受ける人が変わらないため、受益者に贈与税はかかりません。

一方、委託者と受益者が違う人の信託を「他益信託」といいます。他益信託の場合、信託の効力が生じた時の前と後で信託財産から利益を受ける人が異なるため、委託者から受益者へ贈与があったものとして受益者に贈与税がかかります。

実務上、委託者が生きている間は「委託者=受益者」として贈与税を発生させないケースが多いです。

(2)相続税

民事信託の場合、信託契約で、委託者兼受益者が死亡した場合には受益者の地位を引き継ぐ新たな受益者を定めているケースが多いです。

受益者が死亡した場合、信託契約により定められた新たな受益者に対して相続税がかかります。

(3)譲渡所得税

受益者が信託財産から利益を受ける権利である信託受益権を他人に売却した場合には、売却から生じた利益に対して受益者に所得税・住民税がかかります。

(4)信託期間中の税金

信託期間中は、受益者が信託財産を持っているものとして所得税・住民税がかかります。

所得の種類は、信託財産の種類により異なります。例えば信託財産が賃貸用マンションであれば、賃貸収入が不動産所得になります。

2.受託者が対象の税金

(1)登録免許税

不動産を信託財産にする場合、対象不動産については信託を原因とする所有権移転及び信託の登記を行います。信託を原因とする所有権移転は非課税です。また、登録免許税については通常の所有権移転登記の税率よりも安い税率で課税されます。

信託が終了した時には、信託財産である不動産を受託者から引き継ぐ人に通常の所有権移転登記の税率で登録免許税がかかります。

ただし、

① 信託の効力が生じた時から自益信託の場合、信託終了時にその委託者兼受益者が信託財産である不動産を引き継ぐ(元の所有者に戻す)場合には登録免許税はかかりません。

② 信託の効力が生じた時から自益信託の場合、信託終了時にその委託者の相続人が信託財産である不動産を引き継ぐ場合には、相続による登記として登録免許税がかかります。

(2)固定資産税

固定資産税はその年1月1日に不動産を持っている人にかかります。
不動産を信託財産にする場合、不動産の名義は受託者になるため、受託者に固定資産税がかかりますが、信託契約書に「受益者の負担」とする場合が多いです。

3.民事信託の委託者には課税されない

民事信託の委託者には課される税金はありません。ただし、自益信託の場合には、受益者として税金がかかります。

4.民事信託では、不動産取得税は誰にも課税されない

不動産取得税とは、不動産の所有権を取得した時に不動産の所在地の都道府県によって課される税金です。

民事信託で不動産を信託財産にする場合、名義は委託者から受託者へ移転しますが、これは形式的な名義の移転にすぎません。したがって、信託設定時において受託者に不動産取得税がかからないことが規定(地方税法第73条の7第3項)されています。

しかし、信託が終了した時には、以下の条件を除き、信託財産である不動産を受託者から引き継ぐ人に不動産取得税がかかります。

(1)信託の効力が生じた時から自益信託の場合、信託終了時にその委託者兼受益者が信託財産である不動産を引き継ぐ(元の所有者に戻す)場合

(2)信託の効力が生じた時に自益信託の場合、信託終了時に委託者の相続人が信託財産である不動産を引き継ぐ場合

5.民事信託での節税対策はほぼできない

民事信託は、認知症対策や財産の継がせ方について自由な設計をすることができますが、受益者に課税されるのが原則であり、節税対策はほぼできません。

節税対策というわけではありませんが、民事信託を使って委託者兼受益者とすれば、贈与税がかからずに信託財産の管理を家族に託すことができるというメリットがあります。

明確なデメリットは、損益通算ができないことです。
個人で複数の事業を行っている場合の確定申告は、損益合算で行いますが、例えば、信託した収益不動産が赤字で、その他の個人事業が黒字であるような場合、信託した収益不動産の赤字は、なかったものとみなされます(租税特別措置法第41条の4の2)ので、結果として所得税が高くなる場合があります。そしてその赤字は、翌年以降に繰り越すこともできないことになります。
また、信託契約を複数作成した場合(受益者が同じことが前提)も、一方が赤字の場合は、複数契約間での損益通算もできません。
大規模修繕の予定がある不動産を信託する際などは特に注意が必要となります。

民事信託における税金は、基本的には受益者にかかります。また、信託の設定方法によっては受益者に贈与税が課税される恐れがあります。民事信託を導入する際は、税金のリスクも併せて専門家に相談することをお勧めします。

 

お気軽にお問い合わせください。024-905-3335受付時間 9:00-18:00 [ 土・日・祝日除く ]
Mobile:090-8847-6252

メールでのお問い合わせ