受託者の義務と責任
民事信託(家族信託)における受託者の権限は幅広く、信託財産を管理・処分するだけでなく、信託行為の別段の定めにより新たな権利を取得又は借入行為等もできるとされています。(信託法第26条)
そこで、受託者による権利濫用を防止し、かつ受益者を保護するための義務と責任が課せられています。
1.受託者になれる条件・資格
未成年者は受託者不適格者とされています。(信託法第7条)
信託管理人、信託監督人、受益者代理人も、受託者を兼ねることはできません。(信託法第124条第2号、第137条、第144条)
また、信託は信託業法の規制を受けるため、だれでも自由に受託者になれるわけではありません。信託の引き受けを業として行うものは免許を受けた信託会社でなければなりません。
従って受託者を選任する場合は、上記以外の適格者を選任しなければなりませんが、一般的に委託者の家族や親族から選任されることが多く、この場合、信託財産の内容や、受託者の立場、委託者や受益者との家族関係など総合的に判断して選任することが重要となります。
なお、受託者は、これら個人に限らず、法人が受託者になることも可能になっています。
2.受託者の義務・責任
(1)信託事務遂行義務(信託法第29条第1項)
信託の目的を達成するため、受託者は信託契約書の定めに形式的に従うだけでなく、その定めの背後にある委託者の意図に従って信託事務を処理しなければなりません。
ここで「信託事務」とは、信託目的達成のために必要な行為、つまり信託財産の管理・処分などの行為を指します。
(2)善管注意義務(信託法第29条第2項)
受託者は、信託事務を処理するにあたり、善良な管理者の注意義務をもってしなければなりません。
「善良な管理者の注意義務」とは、業務を委任された人の職業や社会的地位などから考えて通常期待される程度の注意義務のことです。
つまり、人の財産を預かって管理・処分をするわけですから、自分の財産を管理・処分をする時よりも、慎重に行う必要がある、ということです。
(3)忠実義務(信託法第30条)
忠実義務を具体化した禁止事項の1つが利益相反行為の禁止です。信託法は第31条で、具体的に利益相反行為として禁止される行為の内容、例外として利益相反行為ながらも許される要件等について詳細な規定を設けています。
さらに忠実義務の禁止事項として競合行為もあります。(信託法第32条)
①禁止される利益相反行為(信託法第31条第1項)
禁止行為 具体例 受益者の取消権等
1 自己取引 ・受託者の財産を、信託財産にすること
・信託財産を、受託者の財産とすること受託者の預貯金を信託財産へ贈与すること 無効
(受益者が追認すると遡って有効になる)
2 信託間取引 信託財産を他の信託財産に帰属させること 2つの家族信託の受託者になっているときに、一方の信託の信託財産である土地を他方の信託の信託財産にすること 無効
(受益者が追認すると遡って有効になる)
3 代理人・受託者取引 受託者が第三者の代理人となって、第三者と信託財産のためにする行為をすること 第三者が、信託財産に含まれる不動産を買いたい場合に、受託者が家族信託の受託者としての立場と第三者の代理人としての立場で売買すること 受託者が代理人となっている第三者が、利益相反行為であることについて、
①知っている→第三者との取引を取消しできる
②知らないが、重過失がある→第三者との取引を取消しできる
③上記①②以外→受託者に損失を補てんするよう請求できる
4 間接取引 ・受託者個人の債務を担保するために、第三者と信託財産に担保を設定すること
・その他第三者との間で信託財産に関する行為であって、受託者か受託者の利害関係人と受益者の利益が相反することになるもの・受託者の銀行からの借金について、信託財産である不動産に抵当権をつけること
・受託者の子供が信託財産に含まれる不動産を買うこと受託者が代理人となっている第三者が、利益相反行為であることについて、
①知っている→第三者との取引を取消しできる
②知らないが、重過失がある→第三者との取引を取消しできる
③上記①②以外→受託者に損失を補てんするよう請求できる
②利益相反行為に該当している場合でも、許容される例外(信託法第31条第2項)
- 信託行為に許容する旨の定めがあるとき
- 受託者が当該行為について重要な事実を開示して受益者の承諾を得ているとき
- 相続その他の包括承継により信託財産に属する財産に係る権利が固有財産に帰属したとき
- 信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合で、受益者の利益を害しないことが明らかなとき、又は信託財産に与える影響、信託目的及び様態、受託者と受益者との実質的な利害関係の状況その他の事情に照らして正当な事由があるとき
受託者が利益相反行為をするときは、この例外に当てはまる場合でも原則として、受益者にその行為の重要な事実を通知しなければなりません。
③競合行為の禁止(信託法第32条)
受託者は、受託者として有する権限に基づいて信託事務の処理としてすることができる行為であってこれをしないことが受益者の利益に反するものについては、これを固有財産又は受託者の利害関係人の計算でしてはならない
例えば、受託者が当該信託以外の営業を行っている場合に、それをすることによって信託財産に不利益になるような場合は、受益者の利益を優先しなければなりません。
ただし、信託契約で競合行為を許容する旨の定めがある場合、競合行為をすることについて重要な事実を開示して受益者の承認を得た場合には、それを行うことができます。
(4)公平義務(信託法第33条)
受託者は、受益者が2人以上ある信託において、受益者らのために公平にその職務を行わなければなりません。
(5)分別管理義務(信託法第34条)
受託者は、信託財産を受託者の固有財産及び他の信託財産とは分別して管理しなければなりません。
別段の定めがあればその方法により管理されますが、信託財産の種別に応じて分別管理の方法が定められています。
分別管理の方法については、信託行為で別段の定めを設けることが許容されていますが、信託行為の定めにより信託の登記・登録をする義務を完全に免除することはできません。
①登記・登録しなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗できない財産
登記又は登録する。
②金銭以外の動産
外形上区別できる状態で保管する。
③金銭その他②以外の債権等
帳簿等により計算を明らかにする。
(6)帳簿等の作成等、報告・保存の義務等(信託法第37条)
受託者は、信託財産に係る帳簿その他の書類を作成しなければなりません。
毎年1回、一定の時期に貸借対照表、損益計算書その他の書類を作成して、その内容について受益者に対して報告しなければなりません。
また、信託に関する書類を、10年間(当該期間内に信託の清算の結了があったときはその日まで)保存しなければならず、受益者の請求に応じて信託に関する書類を閲覧させなければなりません。
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3.受託者の責任等
(1)損失てん補責任等(信託法第40条)
受託者がその任務を怠ったことにより、信託財産に損失が生じた場合又は変更が生じた場合、受益者の請求により、受託者は、損失のてん補又は原状の回復の責任を負います。
(2)受益者による受託者の行為の差止め請求(信託法第44条)
受託者が法令若しくは信託行為の定めに違反する行為をし、又は行為をするおそれがある場合に、当該行為によって信託財産に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、受益者は、当該受託者に対し、当該行為をやめることを請求することができます。
(3)受益者による受託者の権限違反行為の取り消し(信託法第27条)
受託者が権限に属しない行為をした場合に、当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が信託財産のためにされたものであることを知っていたこと、当該行為が受託者の権限に属しないことを知っていたこと、又は知らなかったことにつき重大な過失があったとき、受益者は当該行為を取り消すことができます。
4.その他
(1)信託事務処理の第三者への委託(信託法第28条)
受託者は、信託行為に信託事務処理を第三者に委託する旨の定めがある場合のほか、第三者への委託を許容する旨の定めがなくても、信託目的に照らしやむを得ない事由があるときは、第三者への委託が認められます。
(2)受託者の信託報酬(信託法第54条)
民事信託における受託者は、次の場合を除き、基本的に無報酬で信託事務を行うことになります。
①信託財産から報酬を受けることができる旨の定めがある場合
②信託の引き受けについて商法第512条(※)の適用がある場合
③受益者との合意により、受益者から報酬を受け取る場合
※商法第512条
商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。
つまり、受託者が専門職など商法の適用がある場合を除き、報酬に関する定めがない場合には、受託者は報酬を受け取ることができませんが、受益者との合意によって受益者から報酬を受け取ることができます。
なお、民事信託の受託者として、株式会社等の法人、弁護士、司法書士、行政書士、税理士等の専門職が就任すること自体は規制されていませんが、信託報酬を得ることは信託業法違反となります。
民事信託では、子が受託者になる場合が多く、親のために、ひいては家族のために、責任をもって財産管理を行うことになります。
その負担を周りの家族が理解して信託報酬を設定すると、円満な相続につながると思われますります。
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(3)受託者の税務署への届出
民事信託契約期間中は、次の4の場面で税務署への届出が必要になる場合があります。
①信託設定時
②毎年1月31日まで
③信託変更時(受益者や権利内容の変更)
④信託終了時
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(4)受託者の任務の終了(信託法第56条)
受託者の任務は、信託の清算が結了した場合のほか、次に掲げる事由によって終了します。
① 受託者である個人の死亡
② 受託者である個人が後見開始又は保佐開始の審判を受けたこと
③ 受託者(破産手続開始の決定により解散するものを除く。)が破産手続開始の決定を受けたこと
④ 受託者である法人が合併以外の理由により解散したこと
⑤ 受託者の辞任
⑥ 受託者の解任
⑦ 信託行為において定めた事由