受託者の帳簿作成・保存・報告義務とは
受託者は、信託財産に係る帳簿その他の書類を作成しなければなりません。
毎年1回、一定の時期に貸借対照表、損益計算書その他の書類を作成して、その内容について受益者に対して報告しなければなりません。
また、信託に関する書類を、10年間(当該期間内に信託の清算の結了があったときはその日まで)保存しなければならず、受益者の請求に応じて信託に関する書類を閲覧させなければなりません。
1.受託者が作成する帳簿等
作成・保存する書類 | 作成時期 | 保存期間 | |
---|---|---|---|
1 | 信託帳簿 【信託法第37条第1項】 | 随時 | 作成日から10年間 |
2 | 貸借対照表 損益計算書 財産状況開示資料 【信託法第37条第2項】 | 毎年1回 (受益者の確定申告時期にあわせて行う場合が多い) | 信託の清算結了の日まで |
3 | 信託事務の処理に関する書類 【信託法第37条第5項】 | 随時 | 作成又は取得の日から10年間 |
2.信託帳簿とは
法律上は「信託事務に関する計算並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を明らかにするため」に作成する書類と規定されています。
ただ、実際に法令を見ても、企業会計上作成されるような振替伝票や総勘定元帳といった会計帳簿の作成まで求められているわけではなく、具体的な書類の形式や記載事項が定められているわけでもありません。
実務上は、日常的な取引や財産の状況を記載する帳簿であると解されています。
固定資産税の課税明細書や預金通帳の写しのほか、信託契約書に添付された財産目録などをまとめて保存しておくことで問題ないものと思われます。
3.貸借対照表・損益計算書・財産状況開示資料とは
法律上は、貸借対照表や損益計算書といった計算書類を作成することが求められているような記載となっていますが、全ての信託契約においてこのような計算書類が必要とされているわけではありません。
信託財産の金額が多額になるような場合や、収益が多く発生するような場合、あるいは複雑な取引を伴うような場合は、企業会計の原則にしたがって、貸借対照表や損益計算書の作成まで必要になると考えられます。
しかし、小規模な家族間の信託であれば、そこまでの書類は必要ないと考えられます。
信託財産に関連して発生する収益の状況や、積極財産・消極財産の概況がわかるような書類を作成し、書類を受け取った受益者がその書類を使って確定申告を行うことができるのであれば、それで問題は生じないと思われます。
4.信託事務の処理に関する書類とは
信託事務の処理に関する書類とは、信託開始後に受託者が締結した信託財産の売買契約書、賃貸借契約書、建物の建築請負契約書などが該当します。
受託者が作成する書類というよりは、受託者が行った信託行為について証明する書類ということができます。
5.受益者に対する作成書類の報告義務・保存義務
受託者が作成・保管しなければならない書類は、それぞれ法令上の保存期間が定められるなど、厳格な取り扱いが必要です。
さらに、この書類の中には、受託者が保管しておけばよいだけでなく、受益者などに対して報告しなければならないことが定められているものもあるため、特に注意が必要です。
(1)貸借対照表・損益計算書・財産状況開示資料の報告義務
受託者が作成した貸借対照表・損益計算書・財産状況開示資料の3の書類は、1年に1回作成の上、受益者に報告することが定められています。
ただし、全ての信託契約においてこれらの書類を全て作成する必要があるわけではありません。
実務上、貸借対照表や損益計算書が必要ないとされることもあるため、そのような場合は適宜作成した書類を受益者に報告することとなります。
なお、受託者からの報告を受けた受益者は、これらの報告書類をもとに受益者のものとなる収益と経費の計算を行い、確定申告を行うこととなります。
(2)貸借対照表・損益計算書・財産状況開示資料の保存義務
「貸借対照表・損益計算書・財産状況開示資料」については、受託者から受益者への報告義務に加えて、受託者における保存義務についての規定もあります。
これによれば、受託者は貸借対照表・損益計算書・財産状況開示資料などを作成した場合には、その書類は信託の清算結了の日まで保存しなければならないこととされています。
ただし、これらの書類の作成の日から10年を経過した後に受益者に交付した場合には、受託者における書類の保存義務が免除されます。
(3)信託帳簿・信託事務の処理に関する書類の保存義務
受託者が作成した「信託帳簿」については、作成した日から10年間にわたって受託者が保存しておく義務があります。
ただし、10年以内に信託が清算結了した場合は、その日まで保存しておくこととなります。
また、受益者に信託帳簿の写しを交付した場合には、受託者における保存義務が免除されます。
受託者は「信託事務の処理に関する書類」を作成又は保存している場合には、作成又は取得の日から10年間保存しておかなければなりません。
ただし、受益者にこれらの書類の写しを交付した場合には、受託者における書類の保存義務が免除されます。
(4)受益者に対する書類の開示
「信託帳簿」や「信託事務の処理に関する書類」は、受託者から受益者に対する報告義務がある書類ではありません。
受益者から受託者に対して、信託帳簿や信託事務の処理に関する書類を閲覧、又は写しが欲しいという請求がある場合には、受託者はその書類を受益者に閲覧してもらい、又は写しを渡す必要があります。
このことを、「受益者の閲覧謄写請求権」といいます。(信託法第38条第1項・第6項)
この権利は、受益者にとって受託者を監督するための重要な権利ですので、信託契約の中で受益者の不利益になるような定めは、原則としてできないこととされています。
(5)報告内容や頻度は契約時に決める
信託契約を締結すると、受託者には思いのほか重大な義務が課せられるという感覚を持つ人も少なくありません。
家族の一員として、親が所有していたアパートの管理を代わりに行うだけのつもりが、書類の作成を義務付けられ受益者に対する報告までしなければならないのであれば、受託者にならない方がよかったと考えてしまうのです。
確かに、民事信託を利用すると、受託者には一定の負担が発生します。
このような負担を少しでも軽減できるよう、受益者との間で事前に話し合いをしておくことをお勧めします。