民事信託と成年後見制度の比較
民事信託と成年後見制度について簡単に解説します。
民事信託とは、家族間で委託者と受託者を決めて、信託法に基づいて締結する信託契約です。
委託者が、認知症や障害による判断能力の低下などの場合に備え、受託者にどのように財産管理をしてもらいたいか、さらには相続の内容なども勘案し、契約をもって取り決めます。
信託契約の内容として設定する信託財産には、預貯金や不動産などが含まれます。
不動産については、名義を受託者とする所有者変更登記によって、受託者のみで処分などの手続きをすることが可能になります。
比較的自由度の高い内容を当事者間で取り決めることのできる、柔軟性の高い制度です。
成年後見制度とは、被後見人の高齢や障害による判断能力の低下による不都合を、後見人となる第三者が財産管理や契約の締結などを行い、支援するための制度です。
被後見人の家族や親族などが、家庭裁判所に後見開始の審判の申し立てを行うことから始まります。
その後、家庭裁判所により、審判がくだされ、後見人が選任され、後見開始という流れになります。
成年後見制度には、法定後見制度と任意後見制度があります。
両者の大きな違いは、後見人を誰が選任するかです。
法定後見制度は家庭裁判所により選任され、任意後見制度は本人の判断能力があるうちに自身であらかじめ選任し、契約書によって定めておきます。
両者とも、財産管理能力が低下した場合や、喪失した場合に活用できる制度である点では共通しています。
また、信託受託者や後見人には、仕事ぶりを監督する監督人を設置することができます(任意後見人には、必須)。
特に、成年後見制度は、家族・親族以外の第三者が後見人となる場合があり、後見人と被後見人との間で十分な信頼関係を築けていないことも考えられますし、近年では、残念ながら、被後見人や委託者の財産を横領するという事件もあります。
このような場合には、監督人の役割が重要となってくるでしょう。
民事信託と成年後見制度の比較表
信託受託者 | 法定後見人 | 任意後見人 | ||
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1 | 存続期間 | 始期も終期も自由に設定可能 | 後見開始の審判~本人の死亡まで | 任意後見監督人選任の審判~本人又は任意後見人の死亡まで |
2 | 監督機関 | 信託監督人等を任意に設定可能 | 家庭裁判所又は法定後見監督人による監督を受ける(報告義務あり) | 必ず就任する任意後見監督人による監督を受ける(報告義務あり) |
3 | 権限 | ・自由に権限付与できるが、信託財産の包括的な管理・処分が一般的 ・「身上監護」の権限はないが実質的に家族の立場で対応可能 | ①財産管理 ②法律行為の代理 同意・取消権あり ③身上監護 | ①財産管理 ②法律行為の代理 契約に定めた行為に限定、同意・取消権なし ※契約書は公正証書による ③身上監護 |
4 | 財産の積極的運用・処分の可否 | 権限内であれば、その責任と判断において、信託目的に沿った自由な運用・処分が可能 | ・財産を維持しながら本人のためにのみ支出することが求められる ・積極的な投資・運用や合理的な理由のない換価処分、本人の財産の減少となる行為(生前贈与等)は不可 |
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5 | 不動産の処分(賃貸・売却・建替え等)の可否 | 権限内であれば、その責任と判断において、処分が可能(登記簿上も信託不動産の所有者として記載され、売買・賃貸借の契約当事者になる) | 居住用不動産(自宅)は、家庭裁判所の許可が必要で、「入院・入所費用の捻出のため」などの合理的理由が必要 | ・任意後見契約において代理権が付与されているため、家庭裁判所も任意後見監督人の同意も不要 ・ただし、財産の運用・処分の考え方は適用されるので、合理的な理由のない処分行為は「後見報告」の際に問題となる可能性がある |
6 | 判断能力低下に伴う不要な買い物への対応(訪問販売やテレビ通販等) | 受託者に「取消権」はないが、信託財産は委託者本人の財産とは分離され、受託者の手元で管理するので、被害を最小限に防ぐことは可能 | 被後見人(本人)が交わした契約は、法定後見人の「取消権」行使が可能なため、買い物をなかったことにできる | 任意後見人には「取消権」がないので、買い物をなかったことにできない |
7 | 本人死亡後の遺産相続手続き | 預貯金口座の凍結を回避でき、委託者本人が死亡しても信託を終了しない設計にすれば、名義変更等の遺産相続手続きが省け、引き続き受託者の管理下でスムースな資産承継が可能 | 被後見人(本人)の死亡により後見業務が終了するので、相続人又は受遺者に相続財産を引き継ぐのみで、死後事務や遺言執行・遺産整理は、後見人の業務権限の範囲外となる | |
8 | 財産管理者への報酬 | 受託者への報酬は、信託契約の中で自由に設定できるが、報酬条項がなければ無報酬となる | ・法定後見人への報酬は、家庭裁判所への申立を経て「報酬付与審判」により金額が決定する ・親族後見人にも報酬がある | 任意後見人への報酬は、任意後見契約の中で自由に設定できるが、報酬条項がなければ無報酬となる |
9 | 総費用 | ・信託契約で設定した報酬以外は発生しない ・信託契約作成のコンサルティングを専門家に依頼した場合は、信託財産額に応じて1%~0.1%程度の報酬が発生(1億円の場合、100万円程度) | ・法定後見人への報酬は、本人の保有資産や業務内容に応じて、家庭裁判所の審判により(月額2~6万円程度発生)(存続期間10年として、720万円程度) ・親族後見人に後見監督人がつく場合の報酬(月額1~2万円程度発生) | ・任意後見契約で設定した報酬以外は発生しない ・任意後見監督人報酬(月額1~2万円程度発生)(存続期間10年として、200万円程度) |