配偶者居住権の保護規定創設

従来、被相続人の遺言や遺産分割等の内容によっては、残された配偶者の住む場所や生活が危ぶまれる事態が発生することがありました。

しかし、改正民法により、長期の間に住居が得られる配偶者居住権(改正民法第1028条~第1036条)と、短期の間は住居が保障される配偶者短期居住権(改正民法第1037条~第1041)が創設され、従来と比べ柔軟な対応が可能となりました。【施行日:2020.4.1】

Ⅰ 配偶者居住権

配偶者居住権とは、配偶者が被相続人所有の建物に住んでいた場合、相続開始後にその建物を他の相続人が取得しても、終身又は一定期間という比較的長期の間、引き続き無償で使用(居住)したり、収益(他人に貸して家賃収入を得ること。ただし、居住建物を取得した相続人の承諾が必要です。)ができる権利です。

1.配偶者居住権の成立要件等(改正民法第1028条)

配偶者が被相続人所有の建物に住んでいた場合に、次のいずれかに該当した場合に配偶者居住権を取得できます。
ただし、被相続人が、相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合は配偶者居住権は成立しません。

  1. 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき(同法第1項第1号)
    遺産分割には、
    ①協議分割(改正民法第907条第1項)
    ②審判・調停による分割(同法第2項)
    ③指定分割(遺言による遺産分割の指定等。民法第908条)があります。
  2. 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき(同法第1項2号)

2.配偶者居住権の対象範囲等

配偶者居住権は、建物の全部に及びます。
居住部分以外に、店舗として使用していた部分や、人に貸して家賃を得ていた部分がある場合でも、居住部分だけでなく建物全体について、配偶者居住権に基づき使用および収益をすることができます。

婚姻期間が20年以上の夫婦間において配偶者居住権が遺贈された場合については、被相続人の「持戻し免除」の意思表示があったものと推定(改正民法第903条第4項の規定準用)されます。(同法第1028条第3項)

配偶者居住権自体が相続財産の対象となりますので、その評価額が配偶者の具体的相続分から控除されることになります。(※配偶者居住権の財産的評価方法は下記参照)

3.審判による配偶者居住権の成立要件(同法第1029条)

相続人全員の希望がある場合のほか、配偶者が配偶者居住権の取得を希望し、かつ、その建物の所有権を取得する相続人の不利益の程度を考慮してもなお、裁判所が配偶者の生活維持のために特に必要性が高いと認める場合に限定しています。

4.配偶者居住権の存続期間(同法第1030条)

期間の定めのない配偶者居住権が無効となることを避けるため、存続期間を原則として終身とし、期間の定めがあるときを例外としています。

5.配偶者の登記請求権、第三者対抗要件及び妨害停止の請求

  1. 配偶者の登記請求権(同法第1031条第1項)
    居住建物の所有者は、配偶者に対して配偶者居住権の設定登記の義務を負います。                  設定登記の申請人は、配偶者を権利者、所有権を取得した相続人を義務者とする共同申請になります。
  2. 第三者対抗要件(同法第1031条第2項前半部分)
    配偶者居住権の登記をしたときは、同法第605条の準用により、居住建物の物件を取得した者等に対抗することができます。
  3. 妨害停止の請求(同法第1031条第2項後半部分)
    配偶者は、登記を備えた場合において、居住建物の占有等の妨害があった場合には、同法第605条の4の準用により、停止の請求をすることができます。

6.配偶者による使用・収益

  1. 用法遵守義務(同法第1032条第1項)
    配偶者は、相続開始前と同じ用法に従い、善良な管理者の注意を持って、使用・収益をしなければなりませんが、店舗や賃貸物件として利用していた部分は、引き続き同じ使用方法で使用するほか、住居として使用することもできます。
  2. 配偶者居住権の譲渡禁止(同法第1032条第2項)
  3. 無断の増改築・第三者による使用収益の禁止(同法第1032条第3項)
    配偶者は、居住建物の所有者の承諾がなければ、居住建物の増改築又は、第三者に居住建物の使用収益をさせることはできません。

7.居住建物の修繕等(同法第1033条)

配偶者は、居住建物の使用・収益に必要な修繕をすることができますが、配偶者が相当の期間内に修繕をしない場合には、当該建物の所有者において修繕ができることとしています。

8.居住建物の費用負担(同法第1034条)

配偶者は、居住建物の通常の必要費(固定資産税及び通常の修繕費)を負担することになりますが、臨時の必要費(不慮の風水害により家屋が損傷した場合の修繕費など)や有益費(リフォーム費用など)については建物の所有者が負担することになっています。
また、これを配偶者が負担をした場合は、建物の所有者に対し、償還を求めることができます。

9.配偶者居住権の消滅

  1. 期間満了(同法第1036条(同法第597条第1項を準用))
  2. 配偶者の用法遵守義務違反(同法第1032条第4項)
  3. 配偶者の死亡(同法第1036条(同法第597条第3項を準用))
    配偶者の死亡により配偶者居住権が消滅した場合には、配偶者の相続人が配偶者の義務を相続することになります。
  4. 配偶者居住権の消滅による居住建物返還義務(同法第1035条第1項)
  5. 居住建物の全部焼失(同法第1036条(同法第616条の2を準用))
  6. 原状回復義務(同法第1035条第2項(同法第621条を準用))
  7. 附属物の収去義務(同法第1035条第2項(同法第599条第1項を準用))
  8. 附属物の収去権(同法第1035条第2項(同法第599条第2項を準用))
  9. 損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限(同法第1036条(同法第600条を準用))

※配偶者居住権がその存続期間の満了前に消滅した場合の贈与税の取扱い

配偶者居住権は、原則として当初設定した存続期間の中途で変更することはできません。

ただし、配偶者が用法遵守義務に違反した場合や、居住建物の所有者の承諾を得ないでその建物の改築や増築または第三者に対する賃貸を行った場合には、居住建物の所有者は配偶者に対して期間を定めて是正の催告を行い、その期間内に是正されないときは配偶者居住権を消滅させることができます。(改正民法1032条第3項・第4項)

また、配偶者が配偶者居住権を放棄又は居住建物の所有者と合意することにより、配偶者居住権を解除することが可能と解されています。

その配偶者居住権の消滅により、配偶者から所有者に使用収益する権利が移転したものと考えられることから、相続税法9条の規定により配偶者から贈与があったものとみなされ、居住建物の所有者に対して贈与税が課税されます。

具体的には、上記理由によりその配偶者居住権は消滅した時において、その建物の所有者又は建物の敷地の用に供される土地の所有者が、①対価を支払わなかったとき、又は②著しく低い価額の対価を支払ったときは、原則、その建物や土地の所有者が、その消滅直前に、その配偶者が有していた配偶者居住権の価額、又はその配偶者居住権に基づき土地を使用する権利の価額に相当する利益の額(対価の支払があった場合には、その価額を控除した金額)を、その配偶者から贈与により取得したものとして取扱われ贈与税が課税されます。(相続税法基本通達9-13-2)

10.このような方に配偶者居住権の設定はお勧めです

例えば、夫が亡くなり、相続財産が自宅と少しの現預金のとき、妻が自宅を相続すると、他の相続人に財産はほとんど残りません。妻も自宅を相続して満足というわけではなく、現預金がなければ相続後の生活が苦しくなります。

こういうときに配偶者居住権が活用できます。子どもに自宅の所有権を相続してもらい、妻は配偶者居住権と現預金を受け取れば、相続後の生活の不安がなくなります。また分け方が比較的公平になるため、相続人同士が納得しやすくなります。

11.配偶者居住権の財産的評価方法

配偶者居住権は相続税の課税対象になることから、相続税評価が必要になります。

配偶者居住権は建物を利用するための権利ですが、建物を利用することは同時に敷地も利用することになるため、敷地の利用権もあわせて評価します。

 

 

計算例

(前提)
・被相続人は自身が所有する自宅を残して死亡しました。
・配偶者は「終身」の配偶者居住権を設定して引き続き自宅に住むことにしました。
・建物・敷地の所有権は、被相続人の子が相続します。

・建物:時価(固定資産税評価額)2,000万円
    木造200㎡(所得税法上の住宅の耐用年数の1.5倍=33年)、築10年、(残存耐用年数23年)
・敷地:時価(路線価方式)4,000万円
・建物・敷地の評価額合計6,000万円
・配偶者(女性)の年齢70歳(70歳女性の存続年数(平均余命)→20年)
・配偶者居住権の存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率:0.554
・「小規模宅地の特例」は考慮していない。

配偶者居住権等計算資料
(①住宅用建物耐用年数表②配偶者の平均余命③複利現価率)

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1.配偶者居住権の評価額

①配偶者居住権評価額=(A)建物の時価-(A)建物の時価×(※)(建物の残存耐用年数-配偶者居住権の存続年数)/建物の残存耐用年数×配偶者居住権の存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率

①=20,000,000円-20,000,000円×(23-20)/23×0.554=18,554,783円

②建物所有権の評価額=(A)建物の時価-①配偶者居住権の評価額
②=20,000,000円-18,554,783円=1,445217円

※建物が古く「建物残存耐用年数」又は「建物の残存耐用年数-配偶者居住権の存続年数」がゼロかマイナスになる場合は、ゼロとして計算しますので、配偶者居住権の評価額は建物の時価と同額になります。

2.敷地利用権の評価額

③敷地利用権の評価額=(B)土地の時価-(B)土地の時価×配偶者居住権の存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率
③=40,000,000円-40,000,000円×0.554=17,840,000円

④敷地所有権の評価額=(B)敷地の時価-③敷地利用権の評価額

④=40,000,000円-17,840,000円22,160,000円

・配偶者の相続税評価額:36,394,783円①18,554,783+③17,840,000円)
・子の相続税評価額:23,605,217円(②1,445,217円+④22,160,000円)

この評価額にそれぞれ相続税が課税されます。

3.賃貸併用住宅等に配偶者居住権を設定した場合の評価方法

上記図表のうち①配偶者居住権と③敷地の利用権については、按分計算が必要となりますが、②建物の所有権と④敷地の所有権については、按分計算は不要です。

建物時価(X)の計算①通常のケース(相法23の2①一)
X=建物時価

②建物を一部賃貸しているケース(相令5の8①一)
X=①建物時価×賃貸以外の部分の面積/建物の床面積

③建物を配偶者と共有しているケース(相令5の8①二)
X=①建物時価×被相続人の建物持分割合

④建物の一部を賃貸しかつ配偶者と建物を共有しているケース(相令5の8①三)
X=①建物時価×賃貸以外の部分の面積/建物の床面積×被相続人の建物持分割合
敷地利用権(Y)の計算
①通常のケース(相法23の2③一)
Y=土地等の時価

②建物を一部賃貸しているケース(相令5の8④一)
Y=①土地等の時価×賃貸以外の部分の面積/建物の床面積

③敷地を他の者と共有しているケース又は建物を配偶者と共有しているケース(相令5の8④二)
Y=①土地等の時価×被相続人の土地又は建物の持分割合(建物・土地両方の持分を有する場合はいずれか低い方の割合)

④建物の一部を賃貸しかつ敷地を他の者と共有又は建物を配偶者と共有しているケース(相令5の8④三)
Y=①土地等の時価×賃貸以外の部分の面積/建物の床面積×被相続人の土地又は建物の持分割合(建物・土地両方の持分を有する場合はいずれか低い方の割合)

《具体例》

・建物:時価(固定資産税評価額)2,000万円
    木造200㎡(所得税法上の住宅の耐用年数の1.5倍=33年)、築10年、(残存耐用年数23年)
    賃貸併用住宅(1階賃貸100㎡、2階自宅100㎡)
・敷地:時価(路線価方式)4,000万円
・借地権割合:50%、借家権割合30%、賃貸割合50%
・配偶者(女性)の年齢70歳(70歳女性の存続年数(平均余命)→20年)
・配偶者居住権の存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率:0.554
・「小規模宅地の特例」は考慮していない。

・建物の時価A
=建物時価20,000,000円×賃貸以外の部分の床面積100㎡/建物床面積200㎡
=10,000,000円

・建物の時価B
=建物時価20,000,000円-建物時価20,000,000円×借家権割合30%×賃貸割合50%
=17,000,000円

・土地の時価A
=土地時価40,000,000円×賃貸以外の部分の床面積100㎡/建物床面積200㎡
=20,000,000円

・土地の時価B
=土地時価40,000,000円-土地時価40,000,000円×借地権割合50%×借家権割合30%×賃貸割合50%
=37,000,000円

①配偶者居住権の評価額
=建物の時価A10,000,000円-建物の時価A10,000,000円×残存耐用年数23年-存続年数20年)/残存耐用年数23年×複利現価率0.554
=9,277,391円

③建物所有権の評価額
=建物の時価B17,000,000円-配偶者居住権の評価額9,277,391円
=7,577,391円

②敷地利用権の評価額
=土地の時価A20,000,000円-土地の時価A20,000,000円×複利現価率0.554
=8,920,000円

④敷地所有権の評価額
=土地の時価B37,000,000円-敷地利用権の評価額8,920,000円
=28,080,000円

4.小規模宅地等の特例の適用

「特定居住用宅地等」に該当する宅地等は、被相続人が住んでいた自宅の土地、被相続人と生計を一にする親族が住んでいた宅地がこれにあたります。

配偶者居住権に基づく敷地利用権及び敷地所有権のそれぞれが要件を満たせば、小規模宅地等の特例が適用されます。

  • 敷地利用権は無条件適用
  • 敷地所有権は、同居親族が取得し、相続開始の直前から相続税の申告期限まで、引き続きその家屋に居住し、かつ、その宅地を有してる場合に適用
  • 限度面積330㎡、減額割合は80%

ただし、適用対象面積は、敷地利用権と敷地所有権の価格に応じて按分されます。(措令40の2⑥)

《具体例》
建物に配偶者と子が居住
敷地面積200㎡、敷地利用権1,000万円、敷地所有権1,500万円の場合
①敷地利用権
200×1,000/2,500=80㎡
②敷地所有権
200×1,500/2,500=120㎡

①②とも特定居住用宅地等の限度面積である330㎡未満であるため、それぞれについて限度面積まで小規模宅地特例受けることができます。

《計算方法》
特例適用後の相続税評価額=特例適用前の相続税評価額-(相続する宅地の評価額×減額割合)
①敷地利用権
1,000-(1,000×80%)=200万円
②敷地所有権
1,500-(1,500×80%)=300万円

 

Ⅱ 配偶者短期居住権

配偶者短期居住権とは、配偶者が被相続人所有の建物に住んでいた場合、その相続開始から遺産の分割により建物の帰属が確定するなどの比較的短期の間、無償で住み続けることができる権利です。

1.配偶者短期居住権の成立要件等(改正民法第1037条)

配偶者が被相続人所有の建物に相続開始の時に無償で住んでいた場合に、次の区分に応じたて、居住建物について無償で使用する権利を有することになります。
ただし、配偶者が、相続開始の時に居住建物の配偶者居住権を取得したとき又は、相続の欠格事由、若しくは廃除によってその相続権を失ったときは、配偶者短期居住権は成立しません。

  1. 配偶者を含めて遺産分割をすべき場合の存続期間(同法第1項第1号)
    遺産分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から六ヶ月を経過する日のいずれか遅い日までとなります。
    遺産分割には、
    ①協議分割(改正民法第907条第1項)
    ②審判・調停による分割(同法第2項)
    ③指定分割(遺言による遺産分割の指定等。民法第908条)があります。
  2. 配偶者が遺産分割に関与できない場合の存続期間(同法第1項2号)
    「配偶者が相続放棄をした場合」や「相続分の指定により居住建物について配偶者の相続分がないものとされた場合」など、配偶者が遺産分割に関与できない場合に適用され、この場合は、相続等により居住建物の所有権を取得した者からの消滅申し入れ(同法第3項)日から6ヶ月間となります。
  3. 居住建物取得者による配偶者の使用の妨害禁止(同法第2項)

2.配偶者短期居住権の効力

  1. 用法遵守義務(同法第1038条第1項)
    配偶者は、相続開始前と同じ用法に従い、善良な管理者の注意を持って、使用しなければなりません。
  2. 無断で第三者に使用させることの禁止(同法第1038条第2項)
  3. 配偶者短期居住権の譲渡禁止(同法第1041条(同法第1032条第2項を準用))
  4. 居住建物の修繕等(同法第1041条(同法第1033条を準用))
    配偶者は、居住建物の使用に必要な修繕をすることができますが、配偶者が相当の期間内に修繕をしない場合には、当該建物の所有者において修繕ができることとしています。
  5. 居住建物の費用負担(同法第1041条(同法第1034条を準用))
    配偶者は、居住建物の通常の必要費(固定資産税及び通常の修繕費)を負担することになりますが、臨時の必要費(不慮の風水害により家屋が損傷した場合の修繕費など)や有益費(リフォーム費用など)については建物の所有者が負担することになっています。
    また、これを配偶者が負担をした場合は、建物の所有者に対し、償還を求めることができます。

3.配偶者短期居住権の消滅

  1. 配偶者の用法遵守義務等違反(同法第1038条)
  2. 配偶者居住権の取得(同法第1039条)
  3. 配偶者の死亡(同法第1041条(同法第597条第3項を準用))
    配偶者の死亡により配偶者居住権が消滅した場合には、配偶者の相続人が配偶者の義務を相続することになります。
  4. 居住建物の全部焼失等(同法第1041条(同法第616条の2を準用))
  5. 配偶者短期居住権の消滅による居住建物返還義務(同法第1040条第1項)
  6. 原状回復義務(同法第1040条第2項(同法第621条を準用))
  7. 附属物の収去義務(同法第1040条第2項(同法第599条第1項を準用))

4.その他

  1. 附属物の収去権(同法第1040条第2項(同法第599条第2項を準用))
  2. 損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限(同法第1041条(同法第600条を準用))

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